どの国でも高学歴の女性は、よっぽど努力をしないと、自分の求める恋愛、結婚は難しい。自分と釣り合う男性が多くいるところで、出会いを求めなければなりません。
自分が投資できる資産は、時間、エネルギー、おカネの三つ。高学歴の女性は、おカネはあっても、仕事が忙しくて、エネルギーと時間がありません。ただ、時間はいくらでもやり繰りできます。受験勉強のときと同じように、意識して努力すべき。それなのに、「待てば白馬の王子が現れる」と思っている人がいまだに4~5人に1人もいます。
女性の中には、自分の年収が上がることがモテにつながると考えている人もいますが、それは勘違いです。生物としての女性の魅力は、19~20歳がピーク。女性誌を見ると「30代後半がモテキ」と書かれていますが、事実とは異なります。
ほかの犯罪ではほとんど有り得ないことなのですが,性犯罪に限っては,加害者よりも被害者を責める言葉がまかり通ります。女の性の抑圧がその背景にあるのは間違いないのですが,このような事情のため,性犯罪被害者は,自分の怒りや憎しみを押し殺すことになってしまいます。
これは,心の傷の治療にとって,とても不都合なことです。
そのため,治療の第1段階として,被害者に「自分は加害者を怒り,憎んでいいのだ。それは当たり前のことなのだ」と納得させ,思いきり感情を発散させる必要があります。
被害者が怒りや憎しみを思う存分発散させたら,第2段階に入ります。第2段階の課題は,怒りや憎しみを乗り越えることです。
なぜ,乗り越えなければならないか?それは,怒りや憎しみは人を幸せにしないからです。そして,加害者への怒りや憎しみにとらわれている限り,被害者は加害者に心を束縛され続けるからです。
怒りや憎しみは,言うなれば自分と同等の人間あるいは自分より上位の人間に向ける感情です。性犯罪の加害者に,そのような感情は本来ふさわしくありません。性犯罪の加害者にふさわしいのは,軽蔑,冷淡な軽蔑です。
78年は、新井素子が本格的に活躍を開始した年です。
右の写真は、この年に発売された新井素子の最初の単行本です。
新井素子の登場と、その受け入れられ方というのは、現在から振り返ってみると時代の節目となる大きな事件でした。
当時の私はそんなことを思いもせずに、無邪気に同世代作家の書いた小説を読んで喜んでいましたが、今にして思うと、ここでもはっきりと何かが変わっていたのです。
新井素子はSF専門誌「奇想天外」の新人賞で佳作をとり、78年2月号でデビューしました。この号が発売されたのは77年12月のクリスマス頃だったと思いますから、デビューは正確には77年ということになります。同時に佳作をとってデビューした5人の中には山本弘などもいます。
この時にSFファンの間で話題になったのは、同じ号に掲載された選考座談会の内容でした。選考委員は星新一、小松左京、筒井康隆という当時のSF界御三家で、最終選考に残った14作品について3人が議論をたたかわせている様子が収録されています。そこでは、新井素子に関する評価がはっきりと割れていました。激賞する星新一と、否定的な2人の食い違いぶりが、鮮明になっていたのです。以下に引用します。
小松 「あたしの中の……」これは16歳の少女でしたね。
星 これは、驚いたの一言につきたな、ぼくは。
小松 そうかねえ、ぼくはあんまり感心しなかったけど。
星 違った世代が、ついに出現したという感じを受けましたね。テンポというものがあるんだ。いままでの小説の中にない新しさというとテンポだろうと思うんだ。
筒井 それならば、むしろ「カッチン」の方がいいですね。「あたしの中の……」の場合は、話がよく出来ててかわいらしいんだけども、女性の饒舌体とか、マンガの吹き出し的なセリフが生かされてないんですよ。もっともっと生かせたと思う。欠点がちょっと目につき過ぎる。
星 ぼくはこれがいちばん欠点が少なかった。ちゃんと伏線があり、ユーモアがあり、サスペンスありで、構成に破綻がないよ。
(中略)
小松 (略)たとえば、地の文の中に「……ちゃった」というようなことを書かれると、ぼくはもうやたらに抵抗がある。
星 いまのああいう世代の女の子は、こういう文章を書くということで、ぼくは納得しているんだけど。
筒井 ただ、そういった文章が出てくるのはいいことなのか、それとも悪いことなんですか。
星 もはやいい悪いじゃないと思うよ。世の中がこうなっちまったんだ。
小松 そうでもないよ。ちゃんとした文章もあるぜ。
筒井 そうなっても星さんは困らないんですか。つまり、SFがそういう作者の出やすいところでしょう。われわれが踏んばらなきゃいけないんじゃないかという気がするんだけど。地の文まで崩したのを許していいのかどうか。
(中略)
筒井 ほんとにこのままでいいと思いますか。これを入選させて、このままの調子であちこちからの作品依頼に応じさせてもいいと、ほんとに思う?
星 そりゃ、いいと思うな。SFと劇画で育った世代の象徴とみていいんじゃないかな。ぼくは、これによって人生観が変わった。生じっかの社会体験ならむしろない方がいいらしい。
筒井 それをいうなら、「カッチン」の方ですよ。
星 いやいや、ぼくがいちばん感心したのは、ストーリイ作りがうまい。これだけのストーリイは、いまのSF作家にも書けないんじゃないか? これはやはり一種の特異な才能ではなかろうかと。突っつきようがないんだもの、ほかの作品のようにここがおかしいじゃないかというところがない……。「カッチン」の場合は、コンピューターによりかかっている点が新鮮なので、ストーリイは単純なんだ。これはそういうものによりかからずにストーリイそのもので勝負している。とにかく、ストーリイに関しては珍しいぐらい巧妙でうまいなァ。
小松 ただねえ、最初の設定にドラマが踊らされているというところがある……。
星 それはまあ御都合主義といえなくもないけど、御都合主義もここまで徹底すりゃいいんじゃない。
筒井 ワァー、スゴいほれこみようだなァ、どうも(笑)
星 推理小説だってそうでしょう。
筒井 小説はみんなそうじゃないですか。御都合主義というとすれば。
小松 いかに御都合主義を御都合主義にみせないかというところに腕のみせどころがあるんじゃないかと思うんだけど、この文体ではどうも。
筒井 ストーリイはたしかにいいけど、文章をもうちょっとどうにかしないと困りますよ。
星 いやァ、この文章がいいよ。……(笑)
筒井 文章が幼くてかわいらしいのを、星さんは、「文章がいい」と勘違いしているんでしょ(笑)とにかく星さんがあれだけ推しているんだから、残しておきましょう。
小松 おれたち追い上げられているんだな、こういうのをみると痛感するよ(笑)
(中略/以下は最終選考の場面)
小松 でも「あたしの中……」を一位に推すにはちょっと選者として恥ずかしいよ。「高校SFコンテスト」ならともかく(笑)
星 それ以外のを選ぶのはもっと恥ずかしいよ。
小松 うーん……それなら、入選作ナシということになるか。
星 それでもいい。いずれにせよ「あたしの中の……」を、わたしが強く推したことを記録に留めてくれれば。
(中略)
星 (略)とにかくクドイようだけど、「あたしの中の……」に出会った時は、とてもぼくなんかには書けない、違った世代の登場で引退せざるを得ないなと、ほんとに思ったよ。
筒井 そこまでホレ込むと……どうする小松さん、入れちゃう?(笑)
小松 佳作ならともかく、入選にするのはどうしても……。
星 いいよいいよ。この作品がいずれ雑誌に掲載されて、ぼくが強力に支持したということを読者がわかってくれるなら文句はいわない。
筒井 読者に判断をまかせなきゃ仕方ないな。
星 これからはもう、こういうのしか出てこないんじゃないかなァ。
小松 ぼくはそうは考えない。むしろ、非常にしっかりした文章が書けるひとが沢山出てくると思う。
筒井 新しい文章は必ず出てくるけど、これではないよ。たとえばこの人が、四十、五十のオバハンになって、まだこんな文章を書いていたらどうする? 気味ワルイですよ。
小松 ジャレている文章なんだよ、つまり。
星 そのへんを考えなおし初めてきたんだ。
筒井 麻薬みたいなもんですな。
星 ぼくなんかには、とてもそういう表現は出来ない。
筒井 あたりまえですよ(笑)。星さんがこんなの書き始めたら、気が狂ったかと思われる(笑)
(「奇想天外」1978年2月号より引用)
さて、その新井素子が「四十、五十のオバハン」になったのが現代のわれわれの世界です。結果的には、そんなこと気味悪いとは感じない世界になったようです。
今回問題にしようと思った要素は、ほとんどこの座談会の中で洗い出されているようなものですから、ちょっと長めに引用してしまいました。これを読むと、小松左京と筒井康隆がえらく保守的に見えますが、当時としてはあたりまえと言っていい反応だと思います。むしろ、星新一の柔軟さが過激なまでに突出しているのです。
新井素子をめぐる問題については、近年「サブ・カルチャー文学論」(文学界/大塚英志)の連載で1回をさいて取り上げられていました。この評論文は、おたく史を考察する時にかなり重要になる指摘を含んでいます。「「ルパン三世」的リアリズムとキャラクターとしての〈私〉――’80年代小説としての新井素子」というタイトルからもわかるように、小説における「私」という問題に「キャラクター」という(おたく史考察において重要な)要素をからめて論じており、文学史の中に新井素子を位置づけるという大胆な試みをしていました。
私は大塚さんとは時々いっしょに仕事したりしますから、こういうところでこの人の文章を持ち上げたりすると、知り合い同士でだらしなく馴れ合っているみたいで嫌ですから、できたら批判しておきたいのですが(笑)、新井素子評価に新しい切り口を与えたという点では、この評論文は大変意義があると思います。
「サブ・カルチャー文学論」は、石原慎太郎論をめぐる編集部との衝突で中断され、その後単行本にもなっていませんので、現在読むことはできません。ぜひ早いうちに単行本化してほしいと思います。
この「サブ・カルチャー文学論」で論じられている問題点も含め、「新井素子の中に読み取るべき時代の変化」という視点は、かなり多くの問題を明らかにするだろうと思います。
そして、それと同時に今さらのようにわき起こる疑問は、「なぜ星新一だけが、あの時、新井素子の中の何かを見抜くことができたのか?」ということです。世間の相場からすると十分以上に柔軟性のある思考をしていたはずの他のSF作家でさえ保守的に見えてしまうほどの、星新一の発言の突出のしかた。「ぼくは、これによって人生観が変わった」「違った世代の登場で引退せざるを得ないなと、ほんとに思ったよ」とまで言ってしまう星新一という存在が、新たな問題としてそこに浮かび上がってきます。
日本のSF界を長くリードしてきたのは星新一でした。80年代にいたるまで、多くの中高校生の基本講読図書として人気トップにあった星新一というものが、後に「おたく系」となる人々に潜在的に与えていた影響力は、計り知れないものがあります。にもかかわらず、これまで「星新一」という問題を正面から論じた文章にはお目にかかったことがありません。それは、星新一があまりにもわかりやすいものに見え、思春期とともに卒業するものとして了解され、忘却されてきたからです。
人生を豊かに生きる最大のヒントは、「まず助ける」だと思う。宿題を手伝うのでも、引っ越しを手伝うのでも、電話で話を聞いてあげるんでも、うちに泊めてあげるんでも何でもいい。小賢しく利害関係を考えたりせずに、自分のリソースが余っているなら、周囲の人を助けろ。
もちろん、いろいろと助けているのに、お礼もなければ、利用するだけ利用して後は知らんぷりという奴もいる。そいつらは次から無視をして構わないと思う。大して怪我をこうむらずに、相手の気質がわかったと思えばいいさ。
トイレ掃除に「トイレがきれいになる」以上のメリットを求める人を経営者や政治家や教師にしちゃダメだと思う。
先日、定食屋だと思って入ったら、一番安い料理でも3千円はする高級和食店だった。
悩んだ挙句、顔を真っ赤にしながら正直に「予算が足りないので失礼します」と伝えたら、店主は状況を察して「ご予算はいかほどでしょう?」と言い返してきた。
顔から火が出そうになりながら「千円では無理ですよね?」と言ったら、笑顔で「天丼はいかがでしょう?」と勧めてくれて、余った高級食材らしきものを集めてかき揚げ丼を作ってもらった。感動して泣きそうになった。
本当の高級店とはこういう店をいうんだなとしみじみ感じた。
財布の中見たら500円しか無かった。
性的に早熟になる原因の一つに、睡眠不足があげられるよ。
成長ホルモンが分泌される時間帯にちゃんと睡眠をとっていないと、
メラトニンが不足して、体は子供(第二次成長以前)なのに、
頭の中は性的な刺激を求めるようになる。
深夜まで遊びまわっている子も、
塾や宿題に追われて、深夜まで起きている子も、
性的に早熟になる確立が高い。
親の愛情不足云々よりも現実的。
9: さくらパンダ(茨城県):2010/11/21(日) 18:53:31.23 ID:kpfZOGv70
日本はなんでレポートとか作文の書き方小中学校で指導しないんだろうね
23: やなな(catv?):2010/11/21(日) 18:56:25.57 ID:OEAOewyeP
»9
論理的な文章に価値を置かず、倫理的な文章を好む連中が教育してるから
そっか、パロディと盗作の違いから説明しなきゃならないのか。
原典を知ってることを期待するのがパロディ、知らないことを期待するのが盗作。
人生とはおもしろいものです。何か一つを手放したら、それよりずっといいものがやってくるものです。─サミュエル・ジョンソン
韓国・北朝鮮の人たちは、自分たちの父祖を貶め、辱める行為をもうやめるべきですね。いたいけな少女を含め、20万人もの朝鮮人女性が強制連行されたなんて虚偽の宣伝を米国をはじめ世界でやっていますが、自分たちが何を言っているのか分かっているのでしょうか。
だって、当時、朝鮮半島の警官の8割は朝鮮人だったのですよ。つまり、彼らの主張する強制連行説は、警官も含む朝鮮半島の人たちは、自分たちの恋人や娘らが20万人も強制的に連れ去られ、性奴隷にされるのを反発もせずに黙って指をくわえてみていた腰抜け、腑抜けということになります。
さらに、1960年の日韓基本条約締結時にも慰安婦問題など何も取り上げられていません。日本統治時代ならともかく、それから15年もたっても、韓国人は日本に慰安婦問題で抗議の一つもできなかった弱虫だということになります。それでいいんですか?
結局、強制連行などはじめからなかったから、当時も戦後も全然問題にならなかったわけです。そして今、韓国・北朝鮮の人たちがやっているのは、「自分たちの先祖は無能で弱虫で情けない存在で、同胞の女性がレイプされても見てみぬふりをしました」と言っているに等しいのです。
本当に、それでいいのですか?と問いたいですね。
薬剤師さんと僕の会話「タミフルは菌を殺すのではなく、菌を抑えている間に人間の抗体で攻撃するっていう薬なんで、必ず飲み切って下さい」「攻撃呪文ではなく攻撃補助呪文という事ですね?ラリホーで眠らせてる間に通常攻撃で倒すっていう」「はい、倒すまでラリホーかけ続けて下さい」「なるほど~」